季節の魚を、その土地で生かす。身土不二とお魚ごはん
春には春の魚が、夏には夏の魚が海へやってきます。
海水温や潮の流れが変われば、定置網に入る魚の種類や量も変わります。畑で採れる野菜に旬があるように、海にも地域ごとの季節があります。
私たちは、決まった魚だけを一年中集めるのではなく、その土地の海で、その時に水揚げされた魚を生かすことを大切にしています。
この考え方は、日本の食養で語られてきた身土不二にもつながっています。
身土不二とは
身土不二は「しんどふじ」と読みます。
もともとは仏教に由来する言葉ですが、食の世界では、人の身体と暮らしている土地や環境は切り離せないという考え方として使われてきました。
その土地で、その季節に得られる食べ物を大切にする。遠くの特別なものばかりを求めるのではなく、身近な自然が生み出したものを受け取る。身土不二は、そのような食との向き合い方を示しています。
これは、特定の食材を食べれば病気が治る、健康になれるという意味ではありません。身体、食べ物、土地、季節を別々のものとして考えないという、食生活の基本的な価値観です。
海にも、その土地ならではの風土がある
「風土」というと、畑や山を思い浮かべるかもしれません。しかし、海もまた土地の一部です。
海岸の地形、潮の流れ、水温、季節によって、沿岸にやってくる魚は変わります。同じ地域、同じ定置網であっても、毎日同じ魚が同じ量だけ水揚げされるわけではありません。
魚種や大きさが揃わないことは、自然を相手にする漁業では当たり前のことです。それを不都合として排除するのではなく、その日の海の姿として受け入れることから、お魚ごはんは始まります。
魚に商品を合わせる
一般的な商品づくりでは、先に規格を決め、その規格に合う原料を集めます。
お魚ごはんは、発想の順序が少し違います。先にあるのは、その季節に水揚げされた魚です。その魚の状態や大きさを見ながら、フレーク、ミンチ、スティックなど、生かしやすい形を考えます。
人の都合に合わせて海へ同じ魚を求め続けるのではなく、海から届いた魚に人の仕事を合わせる。季節の変化を消さずに商品へつなぐことが、私たちの考える「季節のお魚レトルト」です。
水揚げの近くで食品にする
水揚げされた魚は、時間とともに状態が変わっていきます。だから私たちは、魚を遠くへ運んでから考えるのではなく、漁村の近くに小さな加工拠点をつくり、地域の中で食品にする仕組みを進めています。
魚を獲る仕事だけでなく、選別し、加工し、袋に詰め、届けるところまでを地域につなげる。身土不二を、おいしさや健康の話だけで終わらせず、漁村で仕事をつくり、地域の魚を地域で生かす仕組みにすることが重要だと考えています。
季節が変われば、中身も変わる
お魚ごはんに使われる魚は、季節や水揚げによって変わります。
いつも同じ魚が入っていることより、その時の海で得られた魚を無駄なく使うことを優先しているためです。魚の種類や色、香り、脂の量などに違いが出ることがありますが、それも天然の魚と季節のある海を使っている証です。
均一であることだけを価値にせず、自然の変化を受け入れる。
「季節」「風土」「魚」を切り離さず、土地の恵みを土地の仕事によって食品に変えていく。それが、身土不二という考え方と、お魚ごはんが重なるところです。
季節の海を、毎日の食事へ
海には、規格だけでは測れない多様な魚がいます。
名前がよく知られていない魚も、小さな魚も、形が揃わない魚も、食べ物であることに変わりはありません。その土地の海から届いた命を、できるだけ無駄にせず、日々の食事として届ける。
お魚ごはんは、特別な思想を押しつけるための商品ではありません。
その季節、その土地にあるものを、きちんと生かす。
日本の漁村で続いてきた当たり前の営みを、今の暮らしに合う常温レトルトという形で届けています。



